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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2242号 判決

原告 中央信用金庫

被告 勝木外治

主文

被告は原告に対し金三十三万六千百六十円及びこれに対する昭和三十年四月二十四日から完済に至るまで一日金二十銭の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は五分し、その四を被告の、その一を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項と同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、被告は、昭和二十九年五月十七日原告にあてて、金額三万円、満期同年同月三十一日、振出地及び支払地ともに東京都墨田区、支払場所中央信用金庫と定める約束手形一通を振出し、原告は現にその所持人である。

二、訴外(弁論分離前の相被告)株式会社志ま三百貨店は、昭和二十九年四月三十日被告にあてて、(一)金額五十万円および(二)金額五万円、満期各同年五月三十一日、支払地及び振出地ともに各東京都千代田区、支払場所各株式会社山梨中央銀行東京支店(東京都千代田区内に存する。)と定める約束手形各一通を振出し、被告は右各約束手形を支払拒絶証明書作成の義務を免除して原告に裏書し、原告は現にその所持人である。

三、訴外(弁論分離前の相被告)大須賀三二は、昭和二十九年三月三十一日被告にあてて、金額三十五万円、満期同年五月三十一日、支払地及び振出地ともに東京都台東区、支払場所光信用金庫台東支店と定める約束手形一通を振出し、被告は右約束手形を支払拒絶証書作成の義務を免除して原告に裏書し、原告は現にその所持人である。

四、原告と被告との間には、被告が叙上の如き手形行為をなす以前に、被告の振出又は裏書にかかる手形で原告の所持するものについては、手続の欠缺がある場合においても、被告において原告に対してその履行の責任を負担すべく、且つその履行期以後日歩二十銭の割合による遅延損害金を支払う旨の特約が締結されていた。

五、原告は、前掲一記載の約束手形については、これを満期に支払場所に呈示して支払を求めたが支払を拒絶され、その余の約束手形については、いずれも支払のための呈示をしなかつた。そこで原告は被告に対し叙上約束手形金合計金九十三万円の内金三十三万六千百六十円(後述する相殺による残額金)及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三十年四月二十四日から完済に至るまで日歩二十銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告主張の抗弁に対し、「被告は原告に対して昭和二十九年三月六日預入れにかかる返還の時期同年九月六日、利息年三分六厘なる約定の定期預金五十四万円の外別段預金五万円の返還請求権及び右定期預金五十四万円に対する預入日である昭和二十九年三月六日から返還期である同年九月六日までの利息金九千七百二十円の支払請求権、以上総計金五十九万九千七百二十円の債権を有している。一方原告は、請求原因において主張した如く昭和二十九年九月六日現在において被告に対し合計金九十三万円の約束手形金外請求原因第一項に記載する金三万円の約束手形金に対する昭和二十九年六月一日(満期の後)から同年九月六日までの間における日歩二十銭の約定率による遅延損害金五千八百八十円、以上総計金九十三万五千八百八十円の支払請求権を有する。なお、被告が原告に対しその主張の如き金額の出資をしたことは認めるが、信用金庫法第十一条第五項の規定に徴して被告は右出資金の返還請求権をもつて原告に対し相殺を主張することは許されないものである。してみると被告が本訴においてなした相殺の意思表示は、叙上原被告間相互の債権(但し被告の主張する出資金返還債権を除く。)についてその相殺適状の時期である昭和二十九年九月六日に遡つてその効力を生じ、その結果原告が被告に対して請求し得べき約束手形金の元本額は金三十三万六千百六十円となる計算である。」と答えた。

被告は、請求棄却の判決を求め、「原告主張の請求原因事実は認める。しかしながら被告は、原告に対し金五十万円の定期預金及び金十四万五千円の出資金の各返還請求権を有するので、これと原告主張の本件債権とを本訴において相殺する。」と答えた。

理由

一、原告主張の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被告が昭和三十年六月十五日の本件口頭弁論期日において提出した相殺の抗弁について判断する。

(一)  先ず被告の原告に対する預金債権については、原告は被告の主張する以上に、被告が原告に対し金五十四万円の定期預金及びこれに対する利息金九千七百二十円(預入日たる昭和二十九年三月六日から返還期日たる同年九月六日までの年三分六厘の割合による利息金)並びに金五万円の別段 金、以上合計金五十九万九千七百二十円の債権を有することを自認している。

(二)  次に被告が原告に対し金十四万五千円を出資したことは当事者間に争いがない。原告は、信用金庫法第十一条第五項の規定を援用して、右出資金の返還請求権は相殺の自働債権たり得ないと抗争するので按ずるに、右規定は、信用金庫の会員が出資の払込について相殺をもつて信用金庫に対抗することができない旨を定めたものであつて、直接には、本件の場合における如く会員が既に払込んだ出資金の返還に関するものではない。従つて前示規定のみを根拠として、信用金庫の会員が出資金の返還債権をもつて自己の信用金庫に対する債務と相殺をなし得ないものと速断することはできない、しかしながら右規定自体によつても既に十分に窺い得られるとおり、信用金庫については資本充実の原則が行われており、更に同法第十六条及び第二十一条によると、会員は、何時でも、その持分の全部の譲渡によつて脱退することができ、この場合において、その譲渡を受ける者がないときは、会員は、金庫に対して、定款で定める期間内にその持分を譲り受けるべきことを請求することができるが、金庫は、右により会員の持分を取得したときはすみやかにこれを処分しなければならないものとされ、又同法第十七条及び第十八条によると、会員は、資格の喪失、死亡、解散、破産若しくは除名により脱退したときは、定款の定めるところにより、脱退した事業年度の終における金庫の財産によつて定められる持分の全部又は一部の払戻を請求することができるものとされ、且つ同法第二十条によると、金庫は、脱退した会員が金庫に対する債務を完済するまでは、その持分の払戻を停止することができるものとされている。上述したところに鑑みるときは、信用金庫の会員の金庫に対する出資金の返還(正確にいえば持分の払戻)請求は、資本充実の見地からして、叙上の如き事由により会員が脱退した場合に限り、上述のような制約の下においてのみ認められるものと解すべきところ、本件において被告が原告に対し出資金の返還を請求し得る理由については何等の主張も立証もないので、被告の原告に対する出資金返還請求権を自働債権とする相殺の抗弁は理由がないものといわなければならない。

さすれば被告の原告に対する相殺は、前記(一)に記載する金五十九万九千七百二十円の債権についてのみ認められるべきもので、右相殺の自働債権は昭和二十九年九月六日弁済期にあつたものというべく(金五万円の別段預金の弁済期が右同日当時到来したことについては、原告の主張から看取するに十分である。)、この債権による相殺をもつて対抗されるべき原告の被告に対する債権が原告の主張するとおりであることは、前出一において判示した如く当事者間に争いのない本訴請求原因事実から観て明白であり、右両債権について相殺のなされた結果は、原告が被告に対しなお金三十三万六千百六十円の約束手形金債権を有することは計算の示すとおりである。

三、しからば被告は原告に対し本件約束手形金中右金額及びこれに対する訴状送達の翌日であることが本件記録に照らして明らかである昭和三十年四月二十四日から完済に至るまで原被告間の約定に基く日歩二十銭の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、これが履行を求める原告の被告に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条及び第九十条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 桑原正憲)

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